螺鈿隊20周年!!終了!!

螺鈿隊コンサート〜20th anniversary~
ゲストに沢井一恵先生、齊藤徹さんをお迎えし、
昨夜、たくさんお客様と一緒に終了いたしました。

 

音楽仲間も、箏仲間も沢山、作曲家の方達も!
海外からのお客様も!

長年螺鈿隊を応援し続けてくださっている皆さまも、
今回初めての皆様も!

生徒さんたちもたくさん!

ふと10数年前、渋谷公園通りクラシックスで行ったライブを思い出した。
比河流先生の「アルカディア」の記憶が鮮明。
あれも冬。
チラシは雪の結晶が散りばめられたもの。

皆、内弟子を卒業し、
それぞれに演奏活動をすこしづつスタートし東京での基盤を作りつつあった時期。
いろいろなミュージシャンとの関係をきづき、
才能豊かな作曲家の方達に作品を書いてもらったり、
ストイックで精力的だった他のメンバー。
慎君はZANというユニットを組んで、デビューしていた!

自分は3年間、育児中心の四国での転勤生活を終え、
東京に戻ってきてすぐだった。

それより前の螺鈿隊1st コンサートが18年前。
その時はヤス(安田有希ちゃん。現在アメリカ在住)
もいてメンバー5人でした。

沢井忠夫作品全曲暗譜という超やる気満々のコンサート。

その直前に夫の転勤が決まった。
長男は一歳になっていた。

これから螺鈿隊として活動を本格化していきたいというタイミングだった。
自分は27歳。

コンサートの打ち上げではメンバーが涙して大きなバックをプレゼントして見送ってくれた。
そのバックは今も使っている。

時間軸が行ったり来たりでわかりにくくてすみません。

とにかく3年後、30歳。
このころは次男もいて、お腹には三男がいた。

四国から戻ると、メンバーが基盤をつくっていてくれたおかげで、
ライブだったりお仕事だったりに、
すぐに混ぜていただくように。
どれほどありがたく、頼もしく、どれほど内心驚いていたことか。

このところは、プライベートでもいろいろとあったり、
個々の演奏活動もますます多忙になり、
4人揃うタイミングを作るのが難しかったけれど、
それぞれがいろんなこと乗り越えて20年という節目に自主公演やろう!
って気持ちが一致したことは、実は奇跡に近いことかもしれない。

代々木上原ムジカーザ。
予約の際、会場の方も
「え〜螺鈿隊ですか〜‼️お久ぶりです!」とすごく喜んでくださいました。

続く・・・。

 

螺鈿隊20周年コンサート・満員御礼。

12月20日(木)に迎えます螺鈿隊20周年コンサートは
おかげさまで15日をもちまして、予約が満席となりましたため、
受付を終了いたしました。

当日券につきましては、キャンセルの状況次第では数枚お出しできるかもしれないのですが、
お出しできない可能性も高い状況です。

何卒、どうぞよろしくお願いいたします。

受付終了後も、多くの方からお問い合わせいただいておりまして、
お断りするのが本当に心苦しく、できれば、皆様に聞いていただきたい・・・

本当に心からそう思っております。

螺鈿隊の公のステージは実に5、6年ぶりということもあり、
もともとのファンの皆様はもちろんのこと、
その間に、螺鈿隊のことを知り、一度も生演奏を聞いたことがないけど、
いつか聞きてみたいかも・・・
と思ってくださっている皆様がとても多いご様子、
大変嬉しく思っております。

螺鈿隊がどんな曲を演奏するか・・・・

これは、結成当時からの私たちのテーマでもありました。
議論(良い意味での)の中心でもあります。

お客様に喜んでいただくための曲を選ぶのか・・・・
自分たちのやりたい音楽、曲を選ぶのか・・・・

そして、昔から、傾向としては後者を選んでおります。

その結果が、お客様に喜んでいただけることにつながるのが理想であります。

もちろん、お仕事やイベント等では、
もとめらる曲、ふさわしい曲、皆を一瞬でひきつけるわかりやすい曲・・・・

そういった曲の演奏もしてきました。

ですが、自主公演では自分たちのわがまま・・・といいいますか
螺鈿隊だからこそ、この4人のメンバーで・・・・・だからこそ弾きたい曲
というのを選び、続けてきました。

こういう点についても、
私は昔は、
ほんとにこれでいいのかな、
自己満足に終わってしまったら、
それは人前で演奏するのにふさわいくないんじゃ
ないだろうか・・・

なんて、疑問に思っていたこともあります。

でも、長年活動を続けてきて、
この10年でも
いろいろな邦楽器の演奏家も出てきて活躍し、
いろいろなグループ、ユニットも演奏活動をしている現在、
あ〜〜〜やっぱり、
自分たちは、自分たちがやりたいと思う曲、音楽を追求していくべきなんだ!

とここにきて思えるようになりました。

ここまでが長かったな・・・・。

いよいよ、ほんとに、音楽を追求していきたくなってきた。

あ・・・・気づくのおそかったけど・・・

今回のコンサートは、いろいろな意味でのターニングポイントになるでしょう。

若かったメンバーがいよいよ中堅・・・・
音楽家としても社会人としても、
責任ある立場になってきた年齢でもあります。

10年前は・・・・ただただ若さと、勢いと、気合いと・・・・・
そんなんでやっていたのかもしれません。

お越し下さる皆様、どうぞお気をつけていらしてくださいね。
全席自由です。

どうぞよろしくお願いいたします。

齋藤徹さんと一恵先生と螺鈿隊と・・・・!

齋藤徹さん、一恵先生とのリハが先日行われました。

こんな嬉しいことがあるでしょうか・・・・。

感激で、途中込み上げるものがありました・・・。

どれほど螺鈿隊は、徹さんにお世話になっただろうか・・・
どれほといろいろ教えていただいたろうか・・・(まだまだ教えていただくことは山ほどで!!)
どれほど愛情を注いでいただいたろうか・・・・

以下、その徹さんがFBであげてくださった記事。
これを読むと、徹さんと一恵先生、徹さんと沢井、徹さんと箏・・・
いろんなことが見えてきます。
徹さんにとって、螺鈿隊は出会った頃はまだまだ赤ちゃんみたいに幼くて(中身のことですよ、笑)
そして今でもまだまだとっても幼くて、子供みたいな・・・
そんなかんじだと思うのですが、
そういう私たちにずっと前からいろんな世界を見せてくださいました。
今回再びご一緒できる。
そして、徹さんと特別に底知れぬ深い音楽の絆で結ばれている一恵先生とご一緒できる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私の記憶に深く刻まれるであろう2018年12月。

20日の螺鈿隊20周年コンサートのゲスト出演を残すのみになりました。診察はまだ2回あり、またゼロから今後の方針を話し合います。平常心。私の今の状況を察してかインタビューやら記録やらが増えてきました。これもまた良しか・・。

先日ストーンアウトのリハーサルに行って来ました。箏カルテット螺鈿隊(市川慎・梶ヶ野亜生・山野安珠美・小林真由子)の20周年記念コンサートという晴れがましい場にお招きいただき、終生の畏友たる沢井一恵さんとダブルゲストというたいへん誇り高い気持ちです。

久しぶりの蛇崩のスタジオ。ふたたび訪れることができるとは!

思えば箏・十七絃の世界との始まりが平成元年の栗林秀明さんのリサイタルでしたので、30年間いろいろいろいろいろいろな事がありました。おかげさまで私の人生・音楽を何倍も豊かに広くしてくれました。深く感謝いたしております。即興・伝統・ヨーロッパ・韓国・タイ・ラオス・演劇・ハワイ・アメリカ・録音・作曲・ダンス・喜怒哀楽・慈しみ・人間関係・師弟関係・出会いと別れなどなど、人生そのものです。

20年以上前にKOTO VORTEX(西陽子・竹澤悦子・丸田美紀・八木美知依)から委嘱され作曲したこの曲はいつの間にか私の代表曲とされるようになり、CD、神奈川フィルハーモニー管弦楽団との共演、ベースアンサンブル弦311、ユーラシアンエコーズ第2章DVDなどなどで改編・再演を繰り返しています。

もともと私は作曲家ではありません。作曲家とは、作曲することを目的として作曲することで充足される人達。私にとって作曲は演奏のための海図のようなものです。委嘱や演奏予定、演奏家想定無しに作ったことはありません。演劇公演で「ここの場所」で「こんな感じの」音楽を「何分ぐらい」などと指定されている方がよほど作りやすい。

もともと自分は何者?「即興」の中から自分にしか出来ないものがでてくるのではないか?といういかにも青臭い、かすかな目的で無謀にも音楽を始めたわけです。

ある時、演劇公演の時にベテランの音響技師Wさんに「テッちゃん、即興も良いんだけど、作品自体もお客さんも、出演者も、スタッフもお土産のようなメロディ・曲を欲しがっているかもよ、ちょっとやってみたらどうかな〜」ということで半信半疑でいくつも書き始めました。

自分にしかできない曲、ということに全くこだわらず、ここではこのリズムを使おう、とか、こういうメロディを、ハーモニーを使おうとか、オリジナルでなくてもいい、既存の気に入った音楽を要素として・素材として使っても構わない。演劇という免罪符をいただいて気楽に作っていったのです。その細い流れが、現在進行形の歌づくりに繋がっているという感覚があります。有り難い経験でした。少しでも良いものを作ろう!という意識があまりないのでどんどんとできました。

考えて見れば日本語での作曲とは「曲がった」ものをつくる、すなわちメロディを作ることに重点が置かれていて、英語だと「構成する」ことに重点があるわけです。韓国伝統音楽では作曲という概念も希薄でリズムのみです。そのリズムも長短(チャンダン)という長い・短いで組み合わさっている。

20年以上前、ヴォルテックスに委嘱されたときは、沢井一恵さん、金石出さんとの交流が1つのピークを迎えていました。私も若く馬力がありました。一恵さんと共に体験しつつあった金石出さんとの出会いで私の音楽観は一変、一恵さんは国内外で破竹の勢いで活動中。同時に沢井家では、あろうことか、悲しいことが相次ぎ起こっていました。その「知らせ」や「深い悲しみ」それらの「恨」を払拭する永遠のリズムと解放を思わずにはいられませんでした。ストーンアウト(石・出)という金石出さんの名前を使っていますが、音楽の精神的な部分は沢井家のことでした。(この前のリハーサルで一恵さん自身も螺鈿隊も始めてそのことを知ったようです。)

そんな中での作曲ですから、両方の強い影響から逃れることはできませんでした。チャンダンから学んだことを盛り込んで書き、玄界灘の深さを感じつつ、韓国伝統音楽と邦楽の違いをこそエネルギーにしようという企みでした。なぜだか世の中も受け入れてくれました。テレビの2時間ドラマ(探偵もの)でも使われたり、プログレのファン達の間で評判になったり、思わぬ展開でした。

螺鈿隊とも長〜いお付き合いになります。
ストーンアウトやタンゴエクリプスという長い曲をやってくれたり、田中泯・ベーストリオ羊(瀬尾高志・内山和重)とのオンバクヒタム(もう一つの黒潮)@座高円寺、ユーラシアンエコーズ第2章(DVDあります。with ジャン・サスポータス・元一・姜泰煥・姜垠一・許胤晶・南貞鎬・沢井一恵・喜多直毅)ポレポレ坐徹の部屋などなど私の大きめの企画に多く参加してくださいました。20周年!を迎え、音楽・技術・経験・人間性・社会性ともに春から夏へ向かう素晴らしい時期を楽しんでいるようです。まぶしいな〜。

ともかく、20日が実り多く終わるまで精一杯いきるこころだ〜。

岸本南山先生のお教室の発表会でした!

12月15日。

赤坂の会場で岸本南山先生のお教室の発表会。

 

今年も福田優子ちゃんと一緒に助演させていただきました。

(岸本先生も、優子ちゃんも学生三曲からの演奏仲間です!!)
お弟子さんたちともすっかり顔なじみ?
気心も知れきて、お会いすると、ほっこり。
毎回、皆様の上達ぶりにもびっくり‼️

音の質もかわってきて、合奏にもますます慣れてらして、
人前で演奏する度胸もついてらして!
それもそのはず、皆様つぎつぎ師範試験に合格・・・。

 

今回は箏、三弦、17弦フル稼働。
岸本先生から頼まれる曲は、
なぜか経験がないものが多く、今度は何が来る?と怯えています。

笹露〜ながらの春〜二つの田園詩〜等等・・・でした。

椅子で三弦という慣れない状況も良い勉強となりましたが、
楽譜の順番を一枚間違えて並べてしまい。
超ドキドキの場面も。

あ〜いつもまったく頼りにならない助演だす?

 

宮城道雄の「春の訪れ」を意外なことに
初めて尺八と合奏しましたが新鮮で楽しかった?

トリを飾った岸本先生の独奏。

細かい細かい音色、音質、音程まで丁寧で心地よく、
やっぱりすごいわ〜!と感動でした。

演奏前にいろいろな奏法を実践付きで説明してくださったので、
初めてのお客様は、ますます楽しめたと思います。

ところで、夫氏今回も暇そうだったので、
送り迎えを頼んだのですが、
ここでも岸本先生のお弟子さんたちに
「サックスと尺八」について熱いトークを繰り広げていました、笑。
その脇でお着物をたたむキッシー先生がシュール!
(これアップしてよかったかな・・・?

楽しく有意義な時間を本当にありがとうございました。
螺鈿隊の演奏会が近く、準備やら練習やらで、打ち上げに参加できなかったのが
ほんと残念でした〜〜〜!!!?。

岸本先生、第6回目の発表会おめでとうございます?

螺鈿隊懐かしリーズ?

【螺鈿隊懐かしリーズ】
これも11年位前。
旧岩崎邸庭園での屋外コンサート?

(このあたりの記事は私がブログスタートした頃の
どこかに詳しく書いた記憶があります。
ブログは2007年から書いているようですね。)

この時の衝撃の写真がいろいろでてきたけど・・・
とても出せない・笑。

こちら、
ステージ横で待ってるときに、なにやら大笑いしているけど・・・。
何がそんなに楽しかったんだろうか・・・・
とてもこれからステージとは思えない緊張感のなさ、笑。

ステージにたてば真面目に演奏していましたよ。
多分?


みにきていたうちの子達・・・・なにやってんだ。

まだ長男は8歳くらいの頃、笑。

一番覚えているのは、このあと打ち上げで
駅前の中華みたいな居酒屋にいったのだけど、
ビールが最高に美味しかったこと!!笑。

 

 

【螺鈿隊・懐かしリーズ】山口のへの旅

【螺鈿隊・懐かシリーズ】

11年位前。
あじゅの故郷、山口に呼んでいただいた螺鈿隊?のときの!

あじゅが山口県での芸術関係の賞を受賞。
その記念の演奏会。

リハーサル時のステージ。

いくらなんでも服装がバラバラすぎる、笑。

そして、控え室での撮影大会?

あじゅをモデルに大量に撮影したのでした。

0歳の長女(授乳中だっため、おいていくわけにいかず)
と夫氏も飛行機で一緒に山口まで。
みなさんにほんとにお世話になったのでした!

あの時、あじゅが独奏で演奏した
沢井忠夫作曲の「二つの変奏曲」。
すばらしかったな〜〜〜〜とすごく印象に残っています。

私たちは栗林秀明さんの「紺碧く」や、慎くんのオリジナル曲
を演奏したんだった!!

そん時のリハの映像が、youtubeにもあがっている?

途中、娘の泣き声が入っているという、笑。

今思うと、リハとはいえ、録画しておいてよかったな!!

 

夫氏・・・でかした!!笑。

 

ヤス・二十歳のコンサートの時の螺鈿隊。

メンバーがどんな写真アップされるかビクビクしてそうだけど?

私も大人なので、差し支えのない物だけ・笑。

もと螺鈿隊仲間だったヤスちゃんの
「二十歳のコンサート」のお手伝いで水戸へ行った時の控え室。
左から、ヤス、まゆ、しん、あじゅ。

この時は、リーダーの梶がNHK邦楽育成会の卒業演奏会のため、
一緒に行けなかったのだ。

写真の日付は間違い。たぶん1997年頃。

当時から、私はよく写真を撮っていた。
カメラ好きとか、写真がうまいとかでは全然なくて、
単純に記念に残したい、という思いからだったのだろうか。

当時はもちろんブログもFBも何もないので、
ひたすらお店で現像してもらい、
たくさん焼き増しして、写っている人に配っていた。
その頃から隠し撮りキャラが定着しているような気がする、笑。

当時、一枚1円とかで焼き増ししてくれるサービス(今もあるのかな〜)
があったので、
とりあえず、いつも1枚につき3〜5枚焼き増ししていた気がする。

この時は、誰かが私のカメラで撮ってくれたのだな、きっと。

このコンサートの時
初めて、やすちゃんの妹さんにお会いしました。
やすちゃんにとっても似ていて、可愛くて、楽しい子だったのですが、
皆で、

「こヤス」とか呼んでいたな〜〜。

その、こやすちゃんが、現在岡山でぶどう農園をやっていて、
以前生地にしたことがありますが、
超絶美味しいぶどうを作って、販売もしているのです!!

今年も贈り物に、いくつか購入させていただきましたし、
自分でも食べましたが、ほんとに、美味しくて・・・・?

ヤスちゃんは結婚してアメリカで演奏活動・・・

ほんとにバイタリティに溢れる姉妹!!

普通の道にいかないところが、たくましくて、いさぎよくて!!