変えられるところは。

「アサイチ」という番組

PTAが題材となっていました。
PTAについては、それぞれの人達、おもうことは違うのでしょう。

ただ、基本として、
PTAは強制ではいけない・・・・と。

テレビに出ていた教育委員会の方は

「PTAが任意というのは・・・・建前でして・・・・基本、全員参加でして・・・・・」
といった内容のことを話していました。

ちょっと気にかかりました。

その逆では??

本来、任意参加であるべきなのに、
建前として全員参加になっている・・・・

のではないのかな??

私はPTAに反対しているわけではないですし、
もし任意ということがはっきりして、
申込書というものがあるとしても、「参加」に◯をするでしょう。

ほんとうに子供達のためになる活動を自主的に行なっている組織であれば、
応援したいと多くの方が思うでしょう。

役員としては関われなくても
費用の面、(会費ですね)
あるいは、年に一回でも、どこかで、都合がつく時には積極的にお手伝いしたい・・・・

どうしても役員はできないけれど・・・・
という方達の中でも、
そう思っている方がほとんどなのではないかな。
(あくまでも、私の予想ですが)

そして、・・・もし、反対、あるいは、なんらかの理由で入れない・・
という立場の方がいて、
「入らない」という選択をしたとしても、
それはそれで、その方の考え方です。
いいのではないでしょうか。

入らないことで、
子供のためを思っていないとか
非協力的だ

と言う(または言われる)筋合いのことではないと思うのです。

何をすることが子供のためか・・・・

思い方は人によって違います。
PTAという組織とは関係がない場面でも、あるいは、関われなくても
実際に子供の為に動いていくださっている方達は保護者の中にも地域の方達の中にも
沢山います。

もちろん、PTAに入らないと、学校に入れないという法律があるのならば、
議論の余地は無いのですが。
そういう法律は無いわけです。

現状は
建前とか、大人の事情とか、
もやもやすることが多くて・・・・

ただ、こういう、もやもやな、
誰が指揮して、誰が決めて、誰がやらなければいけないのか、
答えがはっきりわからないような体制が、
戦後、何十年も続いてきているということ。

日本人の性格に、うまく、はまっている・・・からなのでしょうか。

海外では、こうはいかないようですし・・・

さて、只今、中学校で書記をしていますが、

いろいろなことを見直す・・・というのは、難しこともあるようなのですが、
自分達の判断でもすすめられちゃうところは、
やっちゃってもいいでしょ〜〜〜

ということで、ちょっとでも楽になるように

書類作成したものの確認をしていただく必要があるのですが、
副校長先生にも、メール添付という形で確認していただけるようにしました。

(というか、あっさりOKしてくださいました(^^))

これだけでも、学校に行く回数は格段に減ります。

また、運営委員会便りは

半分サイズの用紙(A4サイズ)にまとめました。

十分情報はまかなえます。

そして、なにより、

運営委員会だより・・・

じっくり読む方がどれくらいいるでしょうか・・・

必要なことをすっきり書く。

先生方のご挨拶も、
かなり省略。

おひとりづづ、一言一句書きません。

ICレコーダーに一応録音していますが、(どうしても確認したいことがある時用に)
その場でメモできた内容位で十分ではないかと。

録音した内容をすべて家でも聞いたとしたら・・・・

費やす時間は膨大。

これで、なにか苦情が来たときは
考えます。

これだけでも、
ずいぶん、時間やストレス、軽減されます。

それでも

自分の仕事量をちょっと減らした位では何もかわらないでしょう。

本当に意味のあることをやっているだろうか・・・

という疑問はなくならないわけですが、

なにか見つかるかもしれません。

まずは、自分にできることを、できる形で
やってみようと思います。

箏のマンガ。

理解・・・・の続きではないけれど、

次男のサッカークラブのママ友Tさんが、
「小林さんにみてもらいたいマンガがあるの〜〜〜」

と、子供経由で渡していただいたマンガ。

「この音とまれ!」

\(^o^)/

一年位前だったろうか・・・
箏を題材にしたマンガが出るらしい、◯◯がモデルらしい、といった情報をどこかで耳にしたのを、思い出しました。

これなのね〜〜!

家族皆ですっかりはまりました。

2冊一気に読みました。夫氏、長男、次男、私の順に。
そして、遅れること2日、三男も、ものは試しと読み始めたら、やっぱりはまってしまって・・・・・。

そして、なんとめずらしく、
翌日は、自主的に箏を練習しているではありませんか・・・・笑。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
とある高校の箏曲部のお話。

廃部寸前の箏曲部に・・・
一風かわったメンバーが入ってきて・・・

初心者のメンバーが1ヶ月後に全校生徒の前でけっこう大変な曲をひかなければいけない展開となり、
ものすごい勢いで練習しまくる・・・・
手作りの箏(ダンボールに糸をつける!!)を肌身離さずもちあるいたり、
楽器屋さんに直談判して練習場所を確保したり、

熱い〜〜〜〜。

青春物でもありますが、
社会における箏の位置づけ・・・みたいなものもわかりやすく、
また、実際の箏の音楽についても、
いわゆる、「チントンシャン」という箏のイメージですすむのではなくて、
「音」にこだわる作者の気持ちとか込められていて

作者自身も箏をずっと弾いていて、
ご家族も演奏家!!

読んでいて、
スカッ〜〜〜っとすることも多く、
でもって、笑えて、

とにかく、早く先が読みたい・・・・☆

さて、箏曲部はもちろんマイナーなかんじはありますが、

その後続けている人、
または、その後休んでいても、復活する方というのは
実は、他のクラブ活動と比べても決して少なくないのかもしれない!!

むしろ多いかも!!

と思う今日この頃。

中学校や高校または大学の箏曲部で箏を弾いていて、
教室にいらしてくださる方達はとても多い。

ご経験者の数の確実に半数以上は占めています。

そして、さらには、

部活出身で指導者や、演奏家になる方も多いというのも
邦楽の世界。(特に尺八は多いです!)

人生を左右する場合もある箏曲部なのです。

私は、中学にも高校にも箏曲部はなかったので、
大学ではじめて経験しました。

なので、そのときのことマンガがリンクする部分もあったりして、

いろんなことが思い出されます。

ということで、来月、大学の箏曲部のOG会がありますが、
これもまた楽しみです。

ママ友Tさんは、テレビ業界にお勤めなのですが、
そちらで、あがってきたマンガ・・・・とのこと。

Tさんも、はまっているそうです(^^)
(もちろん、箏とは関係ない方なのですが、箏の音色が聞こえてくるかんじだわ〜〜〜と。)

総会

30日、幼稚園の先生の家庭訪問や中学校の総会。

子どもが幼稚園に入ってからというもの、
毎年なんらかの総会がありますが、
本当に総会は組織によって、内容も進め方も異なるものだと。

ある種の緊張感がただよっているのは共通しています。

中学校PTAの総会に
夫氏と出席。

二人で本部役員になりまして・・・・・そして、二人とも書記を務めることになりまして、
おそらく、過去にそういうケースは無いと思います。

なんで、二人で並んで、書記席に座ってるんだ・・・・・笑。

すべて、たまたま・・・・・流れでそうなっただけです。

今年は校長先生が新しい先生になりました。

総会はいたって、シンプルでした。

各項目読み上げることはなく、
全てお手元の資料をご覧ください・・・・という形。

小学校とはまた違うんだな〜〜〜〜と

わからないことだらけですが・・・・

一年間なんとか勤め上げられるように・・・・。

はて、夫氏と私・・・・どちらが参加率高く動けるかな・・・・(^^)

迷惑だけはかからないよう・・・・気を引き締めないと。

家庭訪問は、長女の時と同じ担任の先生で、自宅には前にいらしてくださったことがあるので、
今回は箏教室の方にいらしていただきました(^^)

ことばをものすごく選んで話してくださっている印象でした。

そんなに・・・・・お気をつかわなくても大丈夫なのに・・・・と。

次女は長女とはまた違うかんじで、
わりとしっかりしているようです。

(長女が天然だった分、先生もその違いにおどろいてらっしゃるご様子でした・・・・笑)。

一昨年の役員打ち上げ・・・今です(笑)。

次男が5年生の頃、(一昨年になりますね、既に)
サッカークラブで同じ学年で一緒に役員をしたYさんと
1年越しに二人で打ち上げランチができました!!

本当は昨年春に計画していたのですが、

ふたりとも働いていて、
週末もサッカーの大会や試合も続くし、
なかなかタイミングが合わず・・・

でも今回やっと実現できました♡

場所は、昨年、箏教室の合奏勉強会の打ち上げで行ったイタリアンのお店。

それ以来、初めて行きましたが、
やはり落ち着いていて、とてもゆったりすごせました。

ちょっと(かなり?)長居してしまって、ランチのお客様もほとんどいなくなってしまったのですが、
サービスでおいしいハーブティーもだしてくださって、感激したのでした。

実は目白のフレンチのお店を予約しようとおもったのですが、
月曜日は定休日だったのです・・・・

というと、こちらのイタリアンのお店に申し訳ないのですが(笑)、
今回行って、またファンになりましたので、
またちょくちょく行きたいです!

ところで、Yさんは、私より10歳近く年下なのです。
でも中学生のママ!

見た目、本当の年齢よりももっと若く見える、
お若くて、きれいな方なのですが、
すごくしっかりしていて、
、そして、いい面でその若さが生かされて、
一緒にいて、すごく居心地が良い・・・・

一緒に役員できて本当によかったな〜〜〜と
つくづく思います。

すごくお互い気楽にできたのがなによりよかった(笑)。

私にはめずらしいママ友の一人です(^^)

お仕事柄美容にお詳しいので、
若さの秘訣や、美肌の秘訣をまた教えてもらお〜〜〜〜っと☆☆

4月スタート♡

新年度がスタートしました。

我が家も来週、月、火、水と小学校、中学校、幼稚園の順で
入学式や入園式。

先月の卒園式や卒業式がとても昔のように感じます。

例年より開花が早かった桜は
もう、散ってしまったようで、
結局今年もお花見はしませんでしたが、
子供達の各種行事や
また、生徒さん達の進学やご就職等も今年は多くて
春をたっぷり感じています。

三男がサッカークラブの新年度のユニフォームを配布されました。

背番号が・・・・・・10番でした・・・(*_*;

4年生なのに・・・・。

これは、相当なプレッシャーでもありますが、
本人は全くそれを感じていなくて、
すごく淡々としています。

プレイももちろんですが、
その番号にふさわしい振る舞いや
精神力をしっかり鍛えてもらいたいと思います。

それにしても・・・

大丈夫かな。

で、長女もいよいよサッカークラブに入ることに決めました。

またしばらく我が家のサッカー生活は続くことになりました。

一番はりきっているのは・・・・夫氏です(笑)。

あたたかさ。

東北出身の私は
やっぱり東北に行くと落ち着きます。

故郷・・・・って
特別ですね。

翌日、もう一度祖母の家まで。

ホテルから祖母宅の道のり。

よく行っていた知り合いの家の辺り。

やはり全て無くなっていました。

毎年、お正月にはお年玉をいただき、
おいしいお菓子を出していただいたり、
お寿司をご馳走になったり、
夏には大きなスイカをお腹いっぱいご馳走になったり、
よくしていただいた思い出ばかりの方達のおうち。

(遠い親戚にあたる方達)

母の同級生のお宅に立ち寄りました。(写真上)
一番仲良しのお友達ということで、
以前、私もお会いしたことがあります。

やはり庭まで波が寄せてきて、
90歳の車椅子のお母様を持ち上げて、
少しでも高いところへと、線路の上までの崖をよじ登ったそうです。

本当に突然に立ち寄ったのに(しかも大勢で)、
とってもあたたかく対応していただき、
おみやげまでいただいてしまいました。

そして、雪が降ってきました。

かなりの量で、ちょっとびっくりです。

祖母宅について、お昼を食べて皆でお墓参り。
・・・・。

むかえのおうちにいる、
祖母の仲良しのお茶のみ友達、御年95歳!のおばあちゃまにも
久しぶりにお会いできました!!

あいかわらず、可愛らしいおばあちゃまでした。
なんて・・・・お元気な・・・・・。

感激という他ありません。

やっぱり・・・・

結局、こちらがパワーや元気をいただいてしまうという結果に・・・。

また、ちょっと大きくなった子供達を見せに
会いに行くね!!

と、名残惜しいですが。

午後2時頃出発。
夜23時近くに東京に戻りました。

私の運転が心配ということで、ずっと夫氏が運転。

さすがに2日連続での長距離運転はちょっと大変だったようですが、
甘いものをほおばりながら、何度も休憩を入れて安全運転。

三女は、半分は授乳したまま(^^)の状態でしたが、
思っていたよりも、道中ご機嫌でした。

長女と次女は、父の車に途中まで乗って、
宇都宮の手前で引き取り別れました。

あっという間の2日間でしたが、
とても大切な時間となりました。

4月から、また新たな気持ちで進んでいきたいと思います。

岩手へ。

3月30日、岩手の陸前高田市へ。

祖母や親戚に会いに
家族皆で出発しました。

震災から2年。

ずいぶんと月日がたってしまいました。

その間、常に意識していました。

自分に出来ることを・・・・
といっても、すぐに、直接、できることというのは、難しく、
家族皆が一生懸命、日々すごすこと・・・

その姿を祖母達に伝えることで、元気になってもらえたら・・・・

朝7時半頃、夫氏の運転する車で出発。
午後16時過ぎに祖母の家に到着。

水戸からはうちの両親と義妹と姪っ子が出発。
一斉に集いました。

予想はしていましたし、
テレビでも景色を見ていましたが、
実際にその地が近づくと、
すごく緊張しました。

以前の景色と違っているというよりも、
もとから何もなかったような、
本当に海岸近くの街並みは、何も無くなっていました。

何度も降りた電車の駅も。

海水浴場を囲っていた松原海岸の松林も。

家も。建物も。その中には、従兄弟の歯科医院も。

何もなさすぎるので、
かえって、道がわかりません。

海岸から少し入った山を登ったところにある祖母の家は
津波を逃れました。

山の途中まで波がきたので
祖母宅から少し手前のガードレールは波で曲がっていました。

そんな所まで波がきたなんて・・・・。

その日の様子は電話や母からの話で聞いてはいましたが、
改めて、祖母や叔父達から、目の前で話をしてもらって、
同じ日本で、そんなことが起きたというのは、
今でも信じられられず・・・・。

祖母の家をもうすこし登った土地は、もともとオートキャンプ場だったのですが
仮設住宅として、小さな建物が沢山建っていました。

祖母の家の一部を仮設の歯科医院にして、
従兄弟は忙しく働いています。

以前に行った頃と、
建物のことだけではなく、
街全体、何かが確実に違っています。

でも、前に進んで行こうという
強さや力も感じました。

また、絶対、家族皆で行きます。

夜は、近くのホテルに泊まりました。

今は、作業員の方達が泊まることがメインだそうです。

夜、祖母の93歳の誕生日のお祝いをしました。

祖母は腰は曲がっていますが、思っていた以上に元気で
耳も遠くなく、普通にしゃべってもちゃんと聞き取ってくれて、
けっこうシビアな冗談なんかも言ったりして、
食欲もあり、

強い女性だなあ・・・

と改めて思いました。

父がはじめて、祖母の家に行ったときの話や、(かれこれ、40年以上前のこと)
なぜか、夫氏と親戚一同が初めて会ったときの話し(実は長野で大学生のころ初対面しているのですが・・・・)を
叔父がうちの子供達に話して聞かせていました(^_^;)

こういう話って、知っていそうで知らないことがけっこう多くて、
いろんな話をもっともっと聞いておきたいな・・・・と思います。